「祝詞」ってなんだろう?漢字に惑わされないで、祝詞は当て字です。

森画像(祝詞について)神道関係
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このシリーズでは「祝詞」についてまとめています。

こんにちは!みきみかんです。普段は小さな神社でお仕事をしていています。

祝詞は御祈願などで神職が神様に向かって申し上げる文章で、仏教のお経みたいなものです。

みなさんは、神主(神職)のイメージは祝詞を読み上げているイメージでしょうか?それとも、ハタキのような棒を左右に振っているイメージでしょうか?

この記事では祝詞について祝詞の語源や祝詞の種類から「祝詞」について考えてみたいと思います。

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祝詞とは神様に申し上げる言葉

まずは、神道辞典での「祝詞」の説明です。

神祭りの際に斎主が神に対して唱える独特の文体をそなえた言葉。ふつう祝詞といえば広く寿詞(よごと)や祓詞の類いをも含めて総称する。

弘文堂・縮刷版「神道辞典」より

「言葉」と書いてありますが、2・3行で終わる場合や10分以上かかるような長文の祝詞があります。祝詞の長さは御祭の内容や重要度によって変わりますよ。

「祝詞って何?」と思った出来事

私は神様に申し上げる文章はすべて祝詞と把握しています。

年に数回程度、お世話になっている神社さんでお手伝いをさせて頂いております。そのため、日常的に読む「大祓詞」が見当たらなかったので、「私の大祓祝詞知りませんか?」と言ったら先輩に「大祓は祝詞ではない。祝詞はハレのものをいうのだから、修祓で読むのは祓詞、大祓詞、御霊様にいうのは祭詞です」と教えて頂きました。

先輩の言うことは正しいと思いますが、なんかスッキリしない感情を持ちました。そこで「祝詞」について語源や昔の人はどういうモノを祝詞と捉えていたかを探って、「祝詞ってなんだろうな?」を考えてみたいと思いました。

指摘してくれた先輩は、神道辞典の意味から判断すると狭義意味の祝詞について教えてくれたように思います。

祝詞の漢字は当て字

今では「祝詞(ノリト)」に統一されていますが、表記や読み方がバラバラでした。

例えば天の岩屋戸神話で、古事記では布刀詔刀言(フトノリトゴト)、日本書紀では太諄辞(フトノリト)です。他には敷刀能里等法刀言告刀詔刀があります。

読み方は「ノリト」がちょっとなまって「ノット」になったり、さらにはもっと略して「ノト」と呼ばれたり、「ノリトゴト」が「ノトゴト」に略されたりしました。

日本では昔は文字がなかったとされています。漢字が渡来人によってもたらされて書き記すことができるようになりました。

「のりと」という言葉は漢字が入る以前からあって、どのように表記されるかはマチマチだった。

「祝」はお目出度いことやお祝いのイメージが強いです。「のりと」が「祝詞」と定着するようになって 祝い事やおめでたいような御祭で申し上げる言葉を「祝詞」とと思っていのではないかと思います。

祝詞には広義と狭義の「祝詞」があって、神葬祭で「祝詞」と言ってしまっても目くじらを立てて咎める程のことではありません。

「ちゃ~んと分かってますよ」と示したいときは祓い詞や寿詞、祭詞と言えばいいのですよ。

こばち
こばち

御霊様にいうのは祭詞(さいし)とよんでいます。でもこれだけ音読みなんですよね。まつりことばでもいいはず?割と新しい用語なのかな?

祝詞の漢字は当て字だと思う理由

私が祝詞の漢字は当て字だと思う理由は3つあります。

  1. 祝詞の語源は「ノリ・ト・ゴト」
  2. 「祝(ほふり)」という役職がある
  3. 延喜式祝詞は全て祝詞でまとめられている

祝詞の語源は「ノリ・ト・ゴト」

次に、「祝詞」の語源の学説を紹介します。

  • 詔賜言(のりたべごと)・・・賀茂真淵『延喜式祝詞考』
  • 詔説言(のりときごと)・・・本居宣長『古事記伝』『大祓詞後釈』
  • 詔(宣)之言(のりとごと)・・・鈴木重胤『延喜式祝詞講義』
  • 宣処言(のりとごと)・・・折口信夫『古代研究』「国文学編」など
  • 宣呪言(のりとごと)・・・武田祐吉『神と神を祭る者との文学』ほか

これらの例から祝詞は「ノリ・ト・ゴト」の略だと考えられます。

宣るとは神聖な言葉を口にすること

手持ちの古語辞典『古語林』をみると『ノル』には6種類の意味が載っています。

  1. 似る
  2. 伸る、仰る(刀が後ろに曲がる、体がのけぞる)
  3. 告る、宣る
  4. 乗る
  5. 罵る
  6. 賭る

神様を罵ったら間違いですし、賭けるもおかしい、神様に似せるでもないし。ここから考えると、「ノル」は「告る、宣る」が妥当のように思います。

この「宣る」について『古語林』では「神や天皇がその神聖な意向を人民に正式に表明する、が原義。転じてむやみに口にすべきではないことを明かして言う意になる」と解説されています。

「宣る」についてWeblio辞書の日本国語大辞典では次のように説明しています。

本来、単に口に出して言う意ではなく、呪力を持った発言、重要な意味を持った発言、ふつうは言ってはならないことを口にする意。「のろふ(呪)」の語もこの語から派生したものである。

こばち
こばち

トについては、どれも有力で1つに定まっていません。私は「賜る」がいいな。みなさんはどれだと思いますか?

「祝(ほふり)」という役職がある

祭事に奉仕する人を指す言葉に「祝(ほふり)」があります。祝は神主、禰宜、次での役職とされています。中国の古典『説文解字』には「祝は祭に賛詞を司る者」であるとし、祝(司祭者)が神様に申し上げる詞を「祝辞」と呼んでいました。

例えば『日本書紀』に履中天皇五年九月に「祝」が登場する話があります。

履中天皇が淡路島へ狩りにいきました。そのお供達には目の縁に入れ墨がありませんでした。その理由は伊邪那岐命は祝の口を借りて、「血の匂いが臭くて耐えられない」といいました。そのため、入れ墨を入れないようになりました。

祝は禰宜の次の位とされていますが、全ての神社に設けられていませんでした。先のお話しから考えると、祝は順位のある役職というよりも神様と交信できる呪術寄りの司祭者と考えられます。

また諏訪大社には「大祝」「権祝」、阿蘇神社には「一祝」「二祝」、愛媛の大山祇神社にも「大祝」などの役職名があります。

「祝」の役職から「お祝い」のイメージは遠いと思います。

こばち
こばち

何年か前に諏訪大社に参拝したわ。御柱がの大きさや社殿の建て方がとても印象に残りました。参道で食べたリンゴがとても美味しかったです。またお参りしたい!

延喜式祝詞は全て祝詞でまとめられている

次に延喜式の祝詞にどんな種類があるかみてみます。種類から祝詞と呼べる範囲について考えてみたいと思います。

延喜式の祝詞で考える理由は最古の公的祝詞例文だからです。

『延喜式』は平安時代初期に作られた法令集で、『延喜式』の巻第八に収載された27編の祝詞は「延喜式祝詞」「延喜祝詞式」「式祝詞」「祝詞式」と呼んでいます。

『延喜式』以前にも『弘仁式』『貞観式』が編纂されており、『弘仁式』の巻第六に祝詞の記載があったそうですが残念ながら残っておりません。

延喜式祝詞は平安時代初期の主要な公の祭典儀式の祝詞です。中には神代から祭典に仕えてきた中臣氏や忌部氏に伝わる祝詞も掲載されています。

延喜式祝詞は27編あり、そのうち22編が恒例祭典、5編が臨時の祭典です。祝詞の読み上げる対象は神様、天皇、臣下で、内容も祈願、厄除、奉告、感謝、祝辞と様々です。

延喜式祝詞の巻頭にどの祝詞は誰が申し上げるか等の注意書きが書かれています。そこに「祝詞」と題が書かれています。記載された27編は全て「祝詞」と考えることが出来ますね。

「祝詞」の中にいろいろジャンルがある

祝詞は神様を称えた言葉であったり、晴れの言葉であるとは限らない。だから、祝詞は当て字であって、「お祝い」の晴れのイメージしか祝詞の言葉は使えないというのは間違いではないかと思います。

古事記の時は 布刀詔刀言 、日本書紀では太諄辞となり、延喜式は「祝詞」となった。二〇〇年かけてこの文字が定着したと考えてもいいのかなと思います。

また、特別に祭壇を設けて、神様に申し上げる文章とは限りません。道ばたで、道の神様に申し上げています。もう少し時代がさがると神様にもランク付けをするようになりましたが、皇室由来の神様、天津神、国津神に関係なく同じような言葉の選び方で神様に申し上げています。

ただ、東文忌寸部献横刀時呪、出雲国造神賀詞は「呪」と「神賀詞」とつくので、祝詞の中でいくつか分類されていると考えた方がいいと思います。

祝詞の「ノル」は「宣る」と考えられており上から下への言う意味ですが、漢字に当てはめると「上から下」が強調されて「ノリト」がもつ意味からずれてしまうな、と感じます。

現在の感覚では 祝詞は御祈願などで神職が神様に向かって申し上げる文章でいいと思いますが、何か見えないお働きを期待して申し上げる言葉とざっくりイメージした方が「祝詞」の意味に近いと思います。

こばち
こばち

どうして「祝」の字が定着したのかしら?大陸の「祝辞」を意識して「祝詞」になったのかしらね?

祝詞というと特別な感じがしますが、神様に向かって申し上げる特別に作った文章ならばなんでも祝詞です。最近はひらがな交じりで現代言葉を使う祝詞もあります。

機会があれば、誰でも作れるオリジナル現代祝詞作文を書いてみたいと思いますので、期待していてくださいね。

追記

祝詞には誰が神前で奏上するかによって呼び名が変わります。(日本史小百科『神社』岡田米夫著より)

祭文は陰陽師が神前で奏上する言葉。

御祭文は明治六年四月三日の太政官宣布で改称されたそれ以前の宣命のこと。勅使が神宮/神社・山稜などで奏上したもの。

御告文(おつげぶみ)は天皇が神前で奏上する御言葉で、皇太子・親王が神前で奏上する御言葉は告文(こくぶん・こうもん)と呼んでいます。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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